変わらない時間をくれた人たち
乳がんのことは、ごく限られた友人にしか話しませんでした。
というより、あえて自分から伝えようとは思いませんでした。
あの頃の私は、誰かに会う気力もなく、病気のことを何度も口にする余裕もなかったから。
そんな中で、遠くイタリアで暮らす姉も、ことあるごとにLINEをくれました。
母と一緒に暮らしている叔母も、何度も電話をくれました。
自分たちの生活もある中で、私のことを気にかけてくれているんだなぁと。
そして、励ましの言葉をかけてくれたのは、のちに赤穂・鳥取旅行を一緒にした少し年上の飲み友でした。
前職で知り合った、同い年でがんを経験した友人は、あえて多くを語らず、ただ寄り添ってくれました。
お守りを渡してくれた中学時代からの友人は、3週間ごとの治療の日になると、毎回欠かさず連絡をくれました。
彼女たちとは、抗がん剤治療中も定期的に会う時間があり、家に閉じこもりがちだった私を、少しだけ外へ目を向けさせてくれました。
また、治療中に、しばらく会っていなかった友人から「元気?」というLINEが届きました。 具体的な病状は伝えず、もう少し先に会おうという旨の返信をし、察したのか「うん」と。
久しぶりに話しても、あの頃と同じように話すことができた。
そして、治療中の4月から、還暦を迎えた友人たちのお祝い会が始まりました。
その様子をグループLINEで知った私。
まだ抗がん剤治療中で、むくみで目は腫れ、味覚障害もあり、6月には手術も控えていました。
その時の私は、もちろん参加できる状態ではありませんでした。
でも毎回グループLINEの写メが楽しかった。
みんなが元気そうでうれしかった。
還暦のお祝い会、その後8月下旬開催から参加しました。
私の治療を知っていた人も、知らなかった人も・・・。
久しぶりに参加した私に、必要以上に病気のことを聞く人はいませんでした。
以前と変わらない空気の中で、楽しく時間を過ごすことができた。
その後、離れた場所に暮らす、なかなか会えなかった友人たちとも再会しました。
乳がんになったことを簡単に話せたことも、良かったと思っています。
これから先も、大切にしたいと思える人たちと、楽しい時を過ごせますように。
みんなも、そう思ってくれているかはわからないけど(笑)
でも、これからも、あともう少し先まで。
みんな元気で、また会おうね。


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